神戸大学大学院理学研究科の古谷朋之学術研究員、近藤侑貴准教授らと、九州大学の佐竹暁子教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の田之倉優特任教授、宮川拓也特任准教授らと同附属生態調和農学機構の矢守航准教授らの共同研究グループは、葉の細胞から維管束細胞※1 を作り出す培養系“VISUAL※2 ”を基盤とした情報生物学的解析から維管束の発生過程に特徴的な遺伝子発現ネットワークの構築に成功し、その中から維管束幹細胞の制御に関わる因子としてBES/BZR転写因子※3?BEH3を新たに見出しました。さらにBEH3が同じBES/BZR転写因子ファミリーの他のメンバーと競合的にはたらくことで幹細胞の増殖と分化の制御を安定化させるという新たな幹細胞維持のしくみを明らかにしました。

今後さらに幹細胞制御因子を見つけていくことで、植物の幹細胞が長きにわたって維持される分子基盤の理解につながることが期待されます。

この研究成果は、6月1日に、米国の植物科学専門誌「The Plant Cell」に掲載されました。

ポイント

  • 多数の大規模遺伝子発現データから維管束幹細胞に特徴的な394遺伝子を抽出し、その中から新規の幹細胞制御因子としてBES/BZR転写因子ファミリーに属するBEH3を発見しました。
  • BEH3は他のBES/BZR転写因子とは異なりほとんど活性を持たず、他のBES/BZR転写因子の働きを競合的に阻害することが分かりました。
  • このBES/BZR転写因子内の競合的な関係が維管束幹細胞の増殖と分化のバランスの制御に貢献していることが示され、維管束幹細胞維持の新たな制御機構を明らかにしました。

研究の背景

生物のかたちづくりは、幹細胞が自己増殖するとともに、器官や組織を構築する特有の機能を持った細胞へと分化することで実現しています。植物は動物とは異なり、生涯にわたって幹細胞を維持することで発生?成長し続ける性質を持っています。例えば、縄文杉などは樹齢2000年を超す長寿樹木であり、毎年年輪を刻みながら肥大成長をおこなっています。この肥大成長においては、形成層と呼ばれる分裂組織に存在する維管束幹細胞が増殖し、道管を含む木部細胞※4 と篩管を含む篩部細胞※5 へと分化することで植物体を太く成長させます。つまり、生涯にわたって成長し続けるためには維管束幹細胞を永続的に維持する必要があり、幹細胞の増殖と分化とのバランスを保つことが重要になります。近年、モデル植物シロイヌナズナを用いた遺伝学、分子生物学、情報学的研究から維管束幹細胞の増殖や分化の制御に関わる研究は進んできていますが、それらを適切なバランスで安定化させ幹細胞を維持するしくみはわかっていませんでした。

研究の内容

近藤准教授らの研究グループでは、維管束幹細胞が木部細胞や篩部細胞へと分化する過程(図1)を詳細に解析するために、葉の細胞から維管束の細胞を人工的に生み出す組織培養系“VISUAL”を開発し研究を進めてきました。このVISUALでは、特定の遺伝子機能が失われた植物(変異体)を使った遺伝学的解析が簡単にできる点や、維管束細胞の分化を時間経過に沿って観察できる点など維管束幹細胞を研究するうえで多くの利点があります。本研究では、さまざまな変異体や色々なタイムポイントでの遺伝子の発現を大規模に解析したデータを組み合わせ、発現様式の類似度によって遺伝子間の関係性を評価するネットワーク解析※6 を行ないました。それにより、木部細胞、篩部細胞、さらに維管束幹細胞に特徴的な遺伝子群に分類することに成功しました(図1)。これまでに本研究グループでは、VISUALを用いてBES/BZR転写因子に属するBES1やBZR1が維管束細胞の分化において重要なはたらきを持つことを明らかにしてきました。今回、ネットワーク解析から別のBES/BZR転写因子であるBEH3が新たに維管束幹細胞遺伝子群の中に見出されたため、維管束幹細胞制御におけるBEH3の機能について更なる解析を進めました。

図1 維管束遺伝子発現ネットワークの構築概要。(紫)木部細胞、(緑)篩部細胞、(青)維管束幹細胞

(A)植物の肥大成長における維管束発生の概略図(B)維管束細胞分化誘導系VISUALの概略図。(C)構築された維管束遺伝子発現ネットワーク。各点は遺伝子を表し、線は強い相関関係を示している。

次にBEH3の機能が失われた変異体を使って維管束の構造を調べたところ、野生型(変異を持たないもの)と比べて個体間の維管束サイズのばらつきが大きくなることがわかり、BEH3が維管束幹細胞の機能を安定化させていることが考えられました。また、これまでに維管束分化を促進するBES1のはたらきを強くすると維管束幹細胞の数が減ることが知られていましたが、それとは逆にBEH3のはたらきを強くすると維管束幹細胞が増えるという逆の効果を示しました。更に研究を進めていくと、BEH3がBES1や他のBES/BZR転写因子と同じDNAモチーフ※7(BRREモチーフ)に結合できる一方で、BEH3は他のBES/BZR転写因子より下流遺伝子の発現を抑制する機能が著しく弱いことがわかりました。その結果として、BEH3は他のBES/BZR転写因子のはたらきを妨げる効果を持つことが示されました(図2)。この関係性の結果として、BEH3は維管束幹細胞に対してBES1を含む他のBES/BZR転写因子と反対の作用をもたらすと考えられました。このBEH3と他のBES/BZR転写因子の間の競合的な関係性を数理モデルを用いて検証?シミュレーションをしてみると、維管束幹細胞におけるBEH3の存在が維管束のサイズの安定化につながることをサポートする結果が得られました(図3)。

図2 BEH3と他のBES/BZR転写因子との競合関係のモデル図。

BEH3と他のBES/BZR転写因子(ここではBES1として表記)とがともにBRREと呼ばれるDNAモチーフに競合的に結合することで、下流遺伝子の発現を制御する。

図3 本研究から考えられる維管束幹細胞制御のモデル図。

BES/BZR転写因子ファミリー間の競合関係は維管束幹細胞の増殖と分化のバランスを安定化させ幹細胞の永続的な維持に貢献する。

今後の展開

本研究で構築した維管束遺伝子発現ネットワークは維管束発生や機能の理解につながる多くの重要な候補遺伝子を含んでいると考えられ、今後の研究にとって価値のある情報となり維管束の研究が加速されることが期待されます。また、BEH3と他のBES/BZR転写因子の関係性やそれぞれの違いを明らかにしていくことで、幹細胞が増殖と分化のバランス保ち永続的に維持されるしくみへの理解が深まり、将来的には、植物を安定的に大きく成長させるなどバイオマス増産の技術創出につながる可能性があります。

用語解説

※1 維管束幹細胞
植物の茎や根において、維管束を構成する木部組織と篩部組織の細胞を新たに生み出す幹細胞。木部と篩部の間に存在し、形成層と呼ばれる分裂組織を構成する。
※2 VISUAL
Vascular cell Induction culture System Using Arabidopsis Leaves の略。シロイヌナズナの葉を用いた維管束細胞誘導培養系の意。
参照:プレスリリース「維管束の細胞を作り出す方法 “VISUAL” の開発」
※3 BES/BZR転写因子
遺伝子の発現を制御する転写因子と呼ばれるタンパク質の1ファミリー。植物独自の転写因子ファミリーで、モデル植物のシロイヌナズナにおいては全部で6つのメンバーから構成される。維管束発生以外にも植物ホルモンの一種ブラシノステロイドへの応答においても重要な役割を持つ。
※4 木部細胞
木部組織を構成する細胞。根で吸収された水とミネラルを地上部の葉や芽などに送る道管細胞や植物体の支持を担う木部繊維などから構成される。
※5 篩部細胞
篩部組織を構成する主な細胞。光合成産物などの有機養分の輸送を行なうための篩管細胞やそれを助ける篩部伴細胞などから構成される。
※6 遺伝子ネットワーク解析
数万にも及ぶ遺伝子に対する複数の種類(変異体や時間毎)の大規模な発現情報から、それぞれの遺伝子の発現パターンがどれくらい類似しているのかを推定し、その類似度に応じて遺伝子間の関係性を可視化する方法。
※7 DNAモチーフ
遺伝子の発現制御領域にある数塩基から構成される特定のDNA配列のこと。特定の配列に応じて転写因子が認識、結合することで遺伝子の転写が制御される。

謝辞

本研究は、神戸大学を中心に、東京大学、九州大学の協力により、以下の研究助成を受けて行われました。

JSPS科研費 (近藤 侑貴[JP 17H05008, JP 20K15815]、古谷 朋之[JP 19K21189, JP 20K15813])
日本学術振興会 新学術領域研究「植物多能性幹細胞」(研究分担者:近藤 侑貴 [JP 17H06476])
日本学術振興会 新学術領域研究「周期と変調」(研究代表者:近藤 侑貴 [JP 20H05407])

論文情報

タイトル
Gene co-expression network analysis identifies BEH3 as a stabilizer of secondary vascular development in Arabidopsis
DOI: 10.1093/plcell/koab151
著者
Tomoyuki Furuya, Masato Saito, Haruka Uchimura, Akiko Satake, Shohei Nosaki, Takuya Miyakawa, Shunji Shimadzu, Wataru Yamori, Masaru Tanokura, Hiroo Fukuda, Yuki Kondo※(※Corresponding author)
古谷 朋之(神戸大学大学院理学研究科 学術研究員)(東京大学大学院理学系研究科 特任研究員*)
齋藤 真人(東京大学大学院理学系研究科 特任研究員*)
内村 遥(東京大学大学院理学系研究科 修士課程*)
佐竹 暁子(九州大学理学研究院 教授)
野﨑 翔平(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任研究員*)
宮川 拓也(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任准教授)
島津 舜治(東京大学大学院理学系研究科 博士課程)(神戸大学大学院理学研究科 研究指導委託)
矢守 航(東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構 准教授)(東京大学大学院理学系研究科 准教授*)
田之倉 優(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任教授)
福田 裕穂(京都先端科学大学バイオ環境学部 教授)(東京大学大学院理学系研究科 教授*)
近藤 侑貴(神戸大学大学院理学研究科 准教授)(東京大学大学院理学系研究科 助教*)
*研究当時または以前の所属
掲載誌
The Plant Cell

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